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子どもが見ている世界

最終更新: 2020年10月22日



この日、登園する車中で、ぽっち到着寸前に眠くなってしまって、ぽっちをお休みしたくなったおひさま組のK君。

お母さんと帰りたくて、ちょっと泣いたりして気持ちを一生懸命伝えます。

お母さんとスタッフと話をして、彼の気持ちを汲みつつ、ぽっちで遊んでいこうよ、とスタッフが預かることに。

しばらくは、どうして今日は帰りたいのかというK君の気持ちを話してくれるのを聴いたりして、朝会の間もスタッフと二人で気持ちの整理をつけるための時間を過ごしました。


朝会後は、いつもどおりのK君。何して遊ぼ?


スタッフとどんぐりを探すことになりました。

橋を渡ったところでどんぐりやら、松ぼっくりやら、かわった木の実やら、次から次へとみつけるK君。一緒にいた空組のYくんも楽しそうです。


さて、そんな中、ふと近くの木を見上げると、1本の大木に2種類の葉っぱがついています。不思議に思って木の反対側にまわったら、太いしっかりしたツタが大木の幹に沿うようにからんでいました。葉っぱの一種類の方は、ツタの葉っぱでした。


スタッフがK君に

「ねぇ、一つの木からちがう葉っぱが出てると思ったら、この子(ツタ)が大きな木にひっついて伸びてたよ~。すごいな~。でもなんでひっつくんだろうね~」と言うと

「大きくなりたいんじゃない?」と、迷いのないさりげないK君のひとこと。


そうか、大きな木にひっついて、沿っていると、自分だけの力では無理な高さまで、そうだよ、伸びるよ。そして高い所で葉っぱがおひさまの光をたくさん吸い込み、力を蓄えるんだよ。ツタは生きるために知恵を絞っているんだ。


真理をつくような、その言葉に、ただただ無言でうなずくしかできないスタッフでした。


K君は、私がそんな気持ちでいるとは全く知らず、Y君とともに、今度は地面にあいた穴の持ち主は誰かと一生懸命考えてました。


自然の中で子どもたちが過ごしているということは、こういうことなんだな、と思います。

多様な命の存在や営みがすぐそこにあり、周囲の自然のありようを特別なことではなく自分のことのように体や心に取り込みます。

ツタの生きざま?(大げさ?(笑))に触れて、もしかしたら今日朝泣いた自分のことと無意識に重ね合わせたりしてるのかもしれない、日々いろんな経験を積みいろんな感情と向き合っている自分と…。なんて考えてしまうほど、ツタの気持ち?そんなの知ってるよ!くらいのノリでいるK君。


この年でこの感性、これってK君だけではないです。子どもはみんな、そう。

この感性を、そのまんま育み磨いていけるといいな、と思います。

生きることはワクワクすること、そんな人に育ちますよね。